美肌・乾燥肌・敏感肌の天然化粧品・天然サプリはアスカ

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この道を極める

常に初心にかえり、原点にかえって、
その気持ちを確かめながら一つひとつ前に進んで行くこと、
それが私のものづくりのやり方です。
これまで、もうこれ以上つくるものがないほど
多くの商品を開発してまいりましたが、
私が進む道に終点はありません。
私の中の好奇心や知識欲、ひらめきや発想が
あるかぎり、進む道にゴールは現れません。
それは、天然という奥が深く、
本物の存在を使ってものづくりをするという
究極を実践しているからだと思っています。

豊かなイマジネーションが、人間らしさに!

今の世の中、車の自動運転や人に代わるAIとかロボットとかの開発が話題になっています。そのほかにも、これ一つでできる調理器具や、これ一つでできるスキンケア等々、何でも楽になればいいんだという風潮になっているような気がしています。

ただ、人間だから何かを考えるし、何かをやろうとするし、また、いろいろ悩んだりもするわけですが、何も考えなくていい、何もしなくていいとなったとき、はたして “人間らしさ” とはどういうものになるのでしょうか。もっとも、そう考えること自体、すでにおかしいのですが・・・

情報や問題の答えがすぐに手に入る時代になればなるほど、人のひらめきとか、突拍子もない発想、つまりイマジネーションは生まれにくくなるでしょう。大人と子供の一番違うところは一日に笑う回数だそうです。平均で子供は400回、大人は15回、つまり大人は物事に面白さを感じない、楽しくない、素直さがない、だから笑いも少ないと。一方の子供は、ちょっとしたことでも「これは何々みたい!」「何々に似ている!」「これ面白い!」とイマジネーションを働かせるから笑いが起きると。つまり、大人はイマジネーションが欠如してしまっているため楽な方向、楽な方向に行きたがるというのです。

しかし、ものづくりというのは、その目的が何かを考えた上でイマジネーションを働かせ、魂や思いが入るからこそ物が成っていくと私は思っています。作り手までが楽な方向に楽な方向に考えるようになってしまうと、本来の目的を見失ってしまうような気がします。合成を使って安易に化粧品をつくるようにね。

私は、何でも楽な方向にすることがすべてではないと思います。自分なりに考え、工夫をし、何かプラスアルファを探し、そうしていく姿が自分らしさというものでしょうし、それは失ってはいけないものだと思います。

弊社に限らずですが、従業員がロボットに取って代わられるようなことにならないよう、人間だからできる仕事をし、考え、勉強をしてプロ意識を高め、他に抜きん出る何かを持っていただきたいですね。

初心に返って、商品の目的を確かめる

私はこれまで、究極の化粧品ばかりつくってきたと思っています。今の化粧品業界は、私の後追いかと思うような商品が目につきます。そしたら、もうつくるものはないのかと・・・正直言ってほぼないんですね。もう作るべきものがないくらいつくってきたから言えることなのかもわかりません。しかし、何々の「道」というものがあるように、極めるということには終りはありません。極めるためには初心に返れ、つまり、なぜ天然で化粧品を作ったのか、その目的や気持ちを忘れてはいけないと思っています。

今、まさに初心に返って、視点を変えてつくろうとしているものがあります。視点を変えると言っても、製薬会社さんやお酒屋さん等が、本業ではない化粧品をつくるようなことではありません。あれは本業では儲からなくなり、化粧品や健康食品って簡単そうだからと思って手を出し苦戦しているようですが、一芸に秀でるというのは難しいことですからね。

成分も変え、作り方も変え、本物に挑む

今、どこの業界もモノの売れ行きが悪いと言います。はっきり言えば、消費者の欲しいものが無い、そして本物が無いからです。逆に言えば、消費者の欲しいものイコール本物だということです。そういう観点から新しい商品は成分も変え、つくり方も変え、そして誰もつくったことがない「本物」に取り組んでいます。

今、私の頭の中は、人間はどんな成分からできているのか、人間に近い水とは、人間の身体、皮ふとほぼ一緒のものとは?という疑問で渦巻いています。それを化粧品成分にしたものは現状、存在していません。大方は、しわだからコラーゲン、美白にはプラセンタ、VCだと、誰もが知っているからその成分を入れたというものばかりです。知っていると言っても、もし、それが限りなく肌に悪い成分だったら?また、それをうまい具合に利用する人間だっているわけですから、なんでもかんでも責任を放棄して自分が楽をすることを考えるんじゃなくて、使う側の責任も肝に命じておかなければいけません。そういう時代です。

一消費者、一国民としての矛盾と疑問

 私は常々、日頃から疑問を持つことが大事だと申し上げています。その疑問を質すこともまた、大事なことだと思います。

今、インターネットで、容易にものの値段や品質を比べることができます。すると、同じものだったら安いほうがいいわけですから、どんどん価格が安くなっていきました。これ、あたり前じゃないかと思います。ところが、国はものの価格を上げろ上げろと言っていますよね。でも、市場はそんなことには耳を貸さず、まるで反対の方向を向いています。おかしな話ですよね。

また、我々が皆、納めている復興税はやがて徴収の期限が切れ、引き続き森林税を新たに徴収すると。確かに森林の整備は必要でしょうが、それはずっと前からやっておくべきもので突然、徴収する税でしょうか。どう見ても明らかなごまかしでしょう。

私の住む地区の水道は市の管理ではなかったので、市の水道に変えてくださいとお願いしたところ、工事費として50万円払えと。私は一瞬、耳を疑いました。民間の電力会社が、電気が通っていないところに電気を通すから工事費を払えと言いますか?もちろん市県民税や所得税などはすべて福岡市に払っています。ちょっとおかしくないですか? ・・・福岡市はこんなところですよ。もっとも・・・わかりやすく説明すると言っていた独裁者が、わかりにくい説明をしたまま、もう違う方に逃げているような国ですからね。

世の中にはごまかされない人間も多くいるんです。消費者、国民をなめるなと言いたいですね。